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短編小説:アーティファクト散策録

この作品について

複合現実ゲームを舞台に、二人の少女「ライ」と「ロップ」が特殊な能力を持つアイテム「アーティファクト」を求めて、考察しながら散策する話です。

不定期に投稿する予定です。

また、小説投稿サイト「ノベルアップ+」にも投稿しています。

novelup.plus

 

遭遇ファイル1:スフィア

 

「完全な球体とは古くから人を惹きつけてやまない。が、この球体は人を拒否していた。

私の目の前に鎮座するコレは持ち運べない。触れることはできても、持ち上げることはできないのだ」

 

 女の子が一人でブツブツと喋っています。

 

「ここまで見てくれた諸君はきっとこう考えただろう。球体が重いのだろうか、とね。残念だがそれは違う。この球体は、触れた物体を別の場所にテレポートさせてしまうのだ。……ロップ。私をそんな目で見るな。私はいたって正気。心配無用」

 

「ライ……虚空に向かって話かけてる人はもう正気とは呼べないよ」

 

「失敬な。虚空じゃないぞ。ひょっとしたらいるかもしれない超次元的存在へのアプローチだよ」

 

 ライと呼ばれた少女は白衣を翻して言い訳しました。

 長身と白衣、後ろで縛った長い髪がよく似合っています。

 

 

「いると思うの? 超次元的存在」

 

「いた方が面白いじゃない」

 

「でもこれはゲームだよ。その存在とやらがいちいちゲームの中まで観察するかな?」

 

「そりゃ見るでしょう! 今どき複合現実なしで我々の世界は語れないし」

 

 そう。これは現実であり、ゲームの中の話なのです。複合現実(MR)技術を使って世界中にホログラムを投影した世界。

 彼女たちはそのプレイヤーなのです。そして、面白いものを求めて街中を散歩しているのでした。

 

 

***

 

 

 時はさかのぼり、彼女たちが球体を見つける少し前。

 

「ロップ。今日はどこへ行く?」

 河川敷を歩きながら、ロップと呼ばれた少女は振り向きました。

 彼女は白衣を着ていません。黒髪とTシャツにジーンズが相まってライとは対照的です。

 ロップはホロウィンドウを開いて眺めました。

 画面にはゲーム内で目撃された面白そうな現象がたくさん書き込んであります。

 

「そうだねぇ。面白そうなのは……浮遊するインテリアと、存在しない場所が見える窓かな」

 

「よし。見に行こう! そして分析だ!」

 

 ライが張り切って一歩を踏み出した途端、彼女の姿が掻き消え、数メートル先の上空に現れたかと思うと、砂利に向かって落下していきました。

 

「なんじゃこれ――ぐえ!」

 

「ちょっとライ! 大丈夫?」

 

 お尻を痛打して呻くライ。しかし、徐々に様子が変わっていきました。

 

「テレポート? 瞬間移動ってやつか?」

 

「大丈夫……じゃなさそうだね」

 

「ふふふ。見つけたぞ。今日の研究対象は、これだ!」

 

 彼女は満面の笑みで自分が踏んづけた球体を見つめました。

 

「また始まった……」

 

 ライは好奇心が刺激されると、人格が変わったように博士キャラになってしまう残念な人なのでした。

 

 

***

 

 

 現在、博士モードに突入したライが、超次元的存在へと語りかけたあとのこと。

 二人の少女は拳ほどの大きさの球体を囲んで眺めていました。

 

「で? ライはどうするつもり?」

 

「どうもこうも、バラして改造するんでしょう? いつもみたいに」

 

「でも、触れたらテレポートしちゃうんでしょ? どうやって持ち帰る?」

 

「アーティファクトには変わりないし、いつも通り実験あるのみだよ!」

 

 アーティファクト。それは特殊な能力を持ったアイテムのことです。

 このゲームにレベルやステータスというものはありません。プレイヤーは己の技術と装備品だけを頼りにモンスターやロボット、敵対プレイヤーを倒さなければいけないのです。

 テクニックがものを言う過酷な環境で、一発逆転するためにプレイヤーはアーティファクトを欲しがります。しかし、ことはそう単純ではありません。

 ゲームシステムが自動で生成するアーティファクトは、時に変なモノを作ります。まったく戦闘で役に立たなかったりする、いわゆる不良品です。

 

 彼女たちはそれらを回収、改造することで武器を作ってモンスターを倒しているのでした。モンスターを倒してゲーム内通貨を獲得し、それをリアルマネーに変換する。

 一種のプロなのです。だれでも気軽に参加できるEスポーツとでも言いましょうか。

 

「材質は不明だね。質量は……ロップ、ちょっと持ち上げてみて」

 

「やだよ。どうせさっきのライみたいに飛ばされるでしょ」

 

「発見に犠牲はつきものだよ。ささ、はやくはやく」

 

「もー仕方ないなぁ」

 

 渋々、不承不承といった様子でロップは球体を掴みました。

 直後、彼女は一メートル横にずれた場所にいました。

 

「え、あ、こうなるんだぁ」

 

 と、納得して頷くロップ。

 

「あれ!? なんで空から落ちてこないんだよ!?」

 

 と、喚(わめ)いたのはもちろんライです。

 

「日頃の行いが良いからじゃない?」

 

「いいや違う! それは論理的じゃない。なにか違いがあるはずだ」

 

 それから彼女たちは球体に触れては飛ばされる奇行を繰り返しました。

 時に落下し、時に横にズレ、また落下して。

 

 ロップが頷きながら見解を述べました。

 

「テレポート先は球体から半径十五メートル以内のランダムな地点なのは確定かな」

 

「球体、仮に『スフィア』と呼称しよう。これは誰かがここに置いたのか? それともここに出現したのか? そもそも誰も運べないのだから、システムが自然発生させたと考えるべきか……」

 

 ライはスフィアの前にしゃがみこんでブツブツ言っています。

 

「おーい。戻ってこーい」

 

「聞こえてる聞こえてる。続けて?」

 

 ロップの呼びかけに、ライは振り向かないで相槌を打ちました。

 絶対聞いていないように見えますが、ロップは知っています。ライは確かに聞こえているのです。

 理解できているかは謎ですが。

 

「……いや待てよ? どうしてスフィアは地面にあるんだ?」

 

 ライは唐突に顔を上げてロップに聞きました。

 

「は? 空中に浮くはずだって言いたいの?」

 

「いいや。だって、触れた物体をすぐにテレポートさせるなら、地面の砂利だってスフィアが接触した時点でテレポートするはずだろ? それなら地面に穴を掘りまくっていないとおかしい」

 

「テレポートさせるのは、アバターだけって可能性は?」

 

「試してみよう」

 

 二人は頷き合うと、すぐに行動に移りました。

 ライが小石を拾ってスフィアに投げます。

 

「てい!」

 

 小石はスフィアにぶつかる、と思った時にはすでにテレポートしていました。

 スフィアは微動だにしていません。『カツッ』とも、『コツッ』とも言いませんでした。

 

 小石は空中に出現すると放物線を描いて飛翔し、落下しました。

 他の小石に混じってもう見分けがつきません。

 

「むむ? ロップ。これはどういうことだね?」

 

「そうだねぇ。球体の下半球には触ってもテレポートしないのかも」

 

「なるほど。じゃ早速」

 

 ライがしゃがみこみ、そーっとスフィアを下から持ち上げ――。

 

――られませんでした。

 

 またもや上空に飛ばされたライは白衣をはためかせながら、地面とキスしました。

 

「なんで私ばっかり!」

 

「あはは! きっとスフィアちゃんはライに触れてほしくないんだよ」

 

「くそう」

 

 ライはスフィアを睨みつけ……違いました。恋人に振られたような顔をしていました。

 彼女に恋人なんていませんが。

 

「じゃあ次の仮説ね。……接地面をジャイロセンサーとか感圧センサーとかで認識して、その部分だけ触ってもテレポートしないように設定しているんじゃない?」

 

 ロップは慣れています。ライは放っておいても勝手に復活します。

 だから淡々と続けるのです。

 

「転がしてみるか」

 

 復活したライが言いました。もう涙は出ていません。

 

 ロップがホロウィンドウを開いてスコップを出現させました。ゲーム内の便利な機能です。もちろんホログラムのスコップで現実の地面は掘れませんが、ホログラム空間の地面は掘れます。

 

「よっこいしょ」

 

 ロップが地面の砂利ごとスフィアを持ち上げました。

 結果、スコップで掬われた砂利と小石が次々にテレポートしてなくなりました。

 当然スフィアが落下して、そのままスコップにも接触しました。

 

「うわ!」

 

 ロップの手からスコップは掻き消え、近くに音を立てて落下しました。けたたましい騒音です。

 スフィアはさらに地面に落下します。そして、小石の上に着地しました。小石はテレポートしませんでした。

 

 二人は黙ってその様子を見守りました。

 

「えー。諸君。我々はスフィアの謎を解明するため、アマゾンの奥地へと足を踏み入れた」

 

「あ、まだ超次元的存在へのアプローチ続いてたんだ。しかも嘘だし、アマゾンの奥地に行ってないし」

 

「でもどうする? 私もうお手上げだよ」

 

 げんなりした様子でライが言いました。

 

「うむむ? むー……あ、そうだ! 生身で持てばいいんだよ!」

 

 ロップは閃きました。が、すぐに表情が曇ります。

 

「ここまで来るのは……さすがにねぇ」

 

「だよねぇ」

 

 現代で、わざわざ肉体で外出しようと思う人間は居ません。アバターの方が断然楽で、効率的だからです。

 

「それに、もし現実の肉体の位置とホログラム空間の座標がズレたりしたら……」

 

「うん。バグりそう。それは良くない」

 

バグとは虫のことを言っているのでありません。ゲームで不具合が起こることを指します。

 つまり『バグりそう』とは、ゲームが予期せぬ挙動をしてエラーが起きるかもしれない。という意味です。

 

 二人はこぞって生身で外出しない言い訳をしました。

 

「いや待て待て待て。重要なことを忘れていた」

 

「というと?」

 

「テレポートは、そもそもどうやってるのか。わからないじゃん」

 

「そりゃ、スフィアが接触した物体の粒子状態を観測して、分解したあと別の場所で再構築しているからでしょう」

 

 ロップは得意げに答えました。

 

「ふ、ふーん。そうなんだ。でも読み取り装置は? スキャナがついてるようには見えないし、再構築するには3Dプリンターみたいなものが必要でしょう」

 

「……方法がわからないんじゃ話にならないね」

 

「じゃあ実験してみよう。丁度いいものがある」

 

 ライはインベントリから大きな機械を取り出しました。ピンポン玉を連続で発射することができる装置です。以前ロップと卓球をしたときに気まぐれで作ったものをインベントリに仕舞っていました。

 

「ひたすら弾をぶつけるつもり? 相変わらずやることがパワープレイだなぁ」

 

「ふふふ。テレポートが無限にできるのか、コイツで確かめてやるぜー!」

 

 ライは叫ぶとピンポン玉をスフィアに向けて発射しました。軽快な音とともに発射された弾は、スフィアの表面に触れると音もなく消え去り、周囲の至る所で出現して飛んでいきます。

 しかし、数秒後に異変が起こりました。

 それまでランダムな場所に出現していた弾が、方向を変え、ライを狙い始めたのです。

 

「うわ! 痛たたたたたたた!」

 

 オールレンジ攻撃にライは堪らず射撃を止めます。

 

「なんか、今すごい敵意を感じたんだけど」

 

「偶然だよ偶然! それより今、突風が吹いたときの見た?」

 

「いや、それどころじゃなかったって。……何かあったのか?」

 

「風が吹いた瞬間、ほんの少しだけどテレポートにタイムラグがあった」

 

「タイムラグ? どういうこと?」

 

「このアーティファクトにはナノマシンが使われているんだよ。多分、球体の表面に触るとナノマシン群が物体を包み込んでスキャンするんじゃないかなぁ」

 

 アーティファクトの中には稀にナノマシンを使うものがあります。現実では不可能な特性がホログラム空間では実現できるのです。

 

 

「そうか! ナノマシンが物体をスキャンして、ついでにテレポート先に出現させてるから、強い風が吹くと空気中をうまく移動できなくなってタイムラグが生まれたのか」

 

 つまり、テレポートする直前、スフィアから発生したナノマシンが物体をバラバラに分解してスキャンしたあと、まったく別の場所で組み立て直しているというわけです。

 

 ロップはライの説明に頷きました。そしてさらに考察していきます。

 

「そうだねぇ。テレポート先が半径十五メートル以内なのも、スフィアから放出された材料を届けられる限界距離だとすれば頷けるね」

 

「つまり! 地面の砂利がテレポートしないのは、ナノマシンが覆えないからだ!」

 ライがビシッと発見したことを披露しました。そしてすぐに思案します。

「ということは……とてつもなく大きなもので掴めばテレポートしない?」

 

「まーた、頭悪そうな物量作戦だな。……もっと簡単な方法があるよ」

 

ロップはホロウィンドウから容器を具現化させました。それをスフィアにすっぽりとかぶせます。

 

「あ、そうか! 密閉すればナノマシンが閉じ込められるから……」

 

「その通り。スフィアは容器を覆えないからテレポートできないって仕組みだよ」

 

 ライは悪そうな笑顔を浮かべました。何度も空中から落とされて根にもっているのです。

 

「ふふふ。観念することだな」

 

 ロップが容器をスライドさせて地面の砂利ごと蓋をしました。

そして慎重に持ち上げます。

 

「テレポートしない! やった!」

 

「やったぁ!」

 

 ライは虚空を向くと、博士モード全開で宣言しました。

 

「見たか諸君。これが我々の実力だ! 道端でテレポートする球体と出くわしたらぜひ我々を参考にするといい」

 

「……はいはい。帰ったらこれを武器にしなくちゃいけないんだから、急いでよね」

「わかってるって。もう新しい武装のアイデアがひらめきまくりだよ!」

 

 

***

 

 

 彼女たちは家に帰ってきました。その手には容器が抱えられています。

 

「ホントに中に入ってるのかな? なんか心配になってきたよ」

 

 不安そうな表情でロップが言いました。

 

「大丈夫だって。蓋はずっと閉じてたし。ほら開けるよ」

 

 作業台の上に容器を置いて、蓋をそっと開けます。

 

「うわぁ!」

 

「きゃ!」

 

 わずかに隙間ができた途端、容器の中からスフィアが飛び出してきたのです。

 それは蓋とぶつかり、ライにぶつかり、ロップにぶつかり――見事な三段ジャンプでした。

――三つの物が部屋のバラバラな地点へとテレポートしました。

 

スフィアは床に落下して、しかし止まりませんでした。

坂ではないはずが、部屋の出口へと転がっていきます。

 

「に、逃げられる!」

 

「こいつ生きてんの!?」

 

 ライとロップの叫び声が部屋に響きました。

 

 

---END---

 

 

 

遭遇ファイル2:光狩り

 

 ライとロップは今日も今日とて街中を歩いていました。雑居ビルの路地裏をとぼとぼ進みます。

 

ライがしかめ面で言いました。

 

「どこもかしこもゴミばかり……。疑うわけじゃないんだけど、あの“閃光”がこんなところにでるの? こんな何の変哲もない路地裏に?」

 

 “閃光”とは最近プレイヤーの間で噂になっている“なにか”の呼び名です。超高速で動く謎の発光物体ということ以外、まったくもって未知の存在なのです。

 

 ロップがホロウィンドウを見ながら応えました。

 

「閃光が目撃され始めたのは約一週間前。一昨日もこの周辺で見た人がいるらしいよ」

 

「本当に?情報元は信頼できるんだろうね?」

 

「大丈夫。ちゃんと信頼できる情報屋から買ったから」

 

「へえ。いくらしたの」

 

「百円」

 

「ひゃく? まさかのワンコイン!? 絶対ガセネタでしょ!」

 

「いやいや。その情報屋曰く、『見つけてもどうせなにもできないから』って、激安価格にしてくれたんだよ」

 

「な、なるほど?」

 

 ライはわかったような、わからないような。先程とは違う意味でしかめ面になりました。

 ロップは淡々と言います。

 

「どのみちやることは変わらないでしょう。見つけて、回収して、武器にする」

 

「ま、そうだな。それしかできないもんな」

 

「でしょ。だったらほら、ちゃんと周り見て探すよ」

 

 ライとロップはさらに歩きまわりました。閃光はどこに現れるか分かりません。

 ビルとビルの隙間から時折見える大通りには様々な人が行き交っています。もちろんそのほとんどがアバターでした。ライやロップと同じようにゲームをプレイしている人もいれば、仕事をしている人もいます。

 銃や剣、杖を持っているのはプレイヤーです。時々現れるモンスターを倒したり、ダンジョンの入口であるゲートに突入したり、クエストをこなしていたりと、実に様々な遊び方があります。

 

「いっそ魔法でも使うか?」

 

 ライが提案しました。

 

「魔法? 索敵用の杖なんて持ってないよ?」

 

 この複合現実ゲームにも魔法はあります。ただし、呪文やジェスチャーによってなんでもできるわけではありません。杖型アーティファクトを使うのです。杖にはそれぞれ固有の技が組み込まれています。例えば、炎の弾を出すような、魔法弾発射タイプは数多く市場に出回っているのです。

 他にも、ファンタジー系統の材料でポーションを作るという方法もあります。こちらはアーティファクトではありませんが、消費アイテムとして流通しています。

 

「うーむ。……ポーションは?」

 

「それもない。材料はあるけど調合に時間がかかるから、今すぐ使えないし」

 

「ダメかぁ……」

 

 ライがぐったりと項垂れた、その時でした。

突風と共に一筋の光がライとロップの間を突き抜けて行ったのです。

 それは一瞬の出来事。まるで幻のようでした。しかし、風によって舞い上がった埃が現実であると教えてくれています。

 

「「っ!?」」

 

 ライとロップはそろって光が去った方向を見やりました。けれど、もうそこには何もありません。

 

「今の見た!?」と叫ぶロップ。

 

「見た見た! あれが閃光かぁ!」

 

 ライも叫びます。二人ともすっかり興奮していました。

 けれど、すぐに表情が曇ります。

 

「……なぁロップ。今のを捕まえるの?」

 

「確かにあれは、『見つけてもどうせなにもできない』。百円が無駄になった」

 

「いやいや、せめてあれの正体だけでも調べよう。で、結果を情報屋に売りつけて百円取り戻そうぜ」

 

「ああ、そうだね。……正体かぁ。……でもどうやって?」

 

 困り顔で聞いたロップに対し、ライは自信たっぷりに宣言しました。

 

「そりゃもちろん、罠を張るに決まってるでしょう!」

 

***

 

 ライとロップは手ごろな雑居ビルの屋上に登りました。周りを見下ろせば多くの情報が得られそうな場所です。

 

「うーん。閃光らしいものは見えないねぇ。上からならすぐに見つかると思ったんだけどな」

 

 ロップは周りをキョロキョロ見渡して言いました。

 一方、ライは白衣をなびかせながらフェンスを背もたれに使います。

 

「さて、罠を張ると言ったが、具体的にどんな罠を使う? そもそも閃光に罠が効くのか?」

 

「もし雷みたいなものなら、落とし穴は効果ないよね。むしろ避雷針の方がいいかも」

 

「何らかのエネルギーなら、どうして拡散しないんだ? 電気なら地面に流れるはずだ」

 

「確かに。さっき私達の傍を通ったとき感電しなかったね。ということは、あれは電気ではない?」

 

「自然現象ではないなら、アーティファクトか? スフィアのように人工知能搭載型ならありえる」

 

 スフィアとは、以前ライとロップが遭遇したアーティファクトの一種です。触れたものを周囲にテレポートさせる能力を持っていました。知性があるとわかったので武器にせず家で放し飼いにしていたのです。

 

「そういえば、最近スフィア見かけないけど、どこ行ったんだ?」

 

「ああ、住処があるって言うから。そっちに帰した」

 

「へえ。住処ね。……っえ? 住処? あいつ喋るのか!?」

 

「いや。 声は出さないけど、――こう、コロコロやって」

 

 ロップは頭を左右に傾けました。

 

「それでどうやったら意思疎通できるんだよ」

 

「注意して見てればきっとライにもわかるよ。縦回転か横回転で返事もするし」

 

「ま、まぁ、今度機会があればな。それより今は閃光に集中しよう」

 

「ああ。そうだねぇ。……アーティファクトではなく、モンスターという可能性もあるね」

 

「うむ。新種のモンスターか。或いは偶然モンスターがアーティファクトを拾った可能性も考えられるぞ」

 

「……閃光の正体がなんであれ、まずは減速させないとダメかぁ」

 

 二人は色々な説を考えましたが、もちろん結果はでません。正体を知るには、やはり捕まえるしかなさそうです。

 

「よし。膜を張るぞ。路地裏の通路を遮る感じで」

 

「でもそんなのあったら避けられるんじゃない? そもそも近づいてこないかも」

 

「では透明な膜にしよう。視認性を下げれば問題なし」

 

「ふむふむ。妥当だね。ただ、かなりの速度で突っ込むわけだから、閃光が壊れるかも」

 

「衝撃を吸収する仕掛けが必要だな。……閃光が膜に衝突して、ある程度勢いを殺したら膜の固定を解くのはどうだろうか。そうすれば反動で弾け飛ぶこともないだろうし」

 

「いいね。そうしよう。膜が何枚もあればさらに安心だね。どれくらい設置する?」

 

「ざっと見積もって……五十枚」

 

「……それなら安全だ」

 

 ライとロップは早速罠を作り始めました。路地裏へと降りて作業を始めます。

 

「うーん。透明なビニールも何枚か重ねると流石に透明じゃなくなるねぇ」

 

 ロップはホロウィンドウを開くと、インベントリから取り出したビニール袋を重ねて言いました。

 

「ファンタジー系統の素材は? なにか使えるものがあるかも」

 

「なるほど。ちょっと調べてみる」

 

 このゲームには様々な種類のモンスターが出現します。ファンタジー系統ではゴブリンやスライム、ゴーレム、ドラゴンなど。SF系統は狂った機械やドローン、アンドロイドなどなど、ジャンルがごちゃ混ぜになっていて、敵の種類は枚挙にいとまがありません。

 当然、モンスターから手に入る戦利品も、ジャンルの垣根を越えています。ロップはそれらをインベントリや家に大量に所有しているのです。

 

「あ、“妖精の布”だってさ。これはどうかな」

 

 二人の目の前に実体化したアイテムは、見事に透明な膜でした。よく見ないと存在に気付くことすらできません。引っ張ればちょうど路地裏の通路と同じ幅になりそうです。

 

「ふむ。これは良い布だね。羽のように軽くて伸縮性もほどよく、肌触りも良い。しかし、結構高価なものなんじゃないか? あと四十九枚ある?」

 

「あるある。あと八十枚はある」

 

「は? なんでそんなにあるんだ!?」

 

「ほら、前に害悪な妖精を退治してくれってクエストがあったじゃん。爆破で巣ごと破壊したときに手に入ってたの」

 

「あぁ。あの時は大変だったな」

 

「うん。ハチの巣をつついたみたいになったよね」

 

 以前挑戦したクエスト(依頼)を思い出して、二人は震えあがりました。

 

「ま、まぁ良かったじゃないか。あの苦労が報われて」

 

「ったく。ライはポジティブだなぁ」

 

 ライとロップは早速妖精の布を路地裏の通路に広げました。

 

「どうやって固定しようか」

 

「そんなときは、やっぱりこれでしょう!」

 

 ライがインベントリから取り出したのは、アメリカで大普及していることで有名なダクトテープです。粘着力が強く、耐水性も備えています。壊れた道具の応急処置に最適な一品です。

 

「やっぱりね。……でも固定しすぎないように気を付けるんだよ? 閃光が衝突した反動で反対方向に吹き飛ぶ前に、剥がれないといけないんだから」

 

「わかってるって。心配するな」

 

「ほんとにわかってるのかな……」

 

 それから、二人は五十枚の布をダクトテープで等間隔に配置しました。布の四隅を留める簡単な作業ですが、数が多いので大変です。

 

「ふー。やっと終わったね」

 

「ああー。疲れたー」

 

「あとは閃光が来るまで待てばいいだけだねぇ」

 

「来るといいなー」

 

 

 

 それからというもの、ライとロップは室外機の上に座って雑談を始めました。

 紅茶と、お茶うけのクッキーや羊かんを二人でぱくついて、まったりしています。ここはゲームの中なのでどれだけ食べても栄養が摂れないどころか、太ることもありません。

ただ美味しいと感じるだけです。

 そうして時間が経つことさらに十五分、ついに事件が起こりました。

 

 二人が座っている右側から左側へ、あり得ない速度で光が通過したのです。遅れて突風が吹き荒れました。

 

「「来た!」」

 

 閃光はそのまま罠へと突っ込み――。

 狙い通り布に引っ掛かりました。それでも勢いを止められず、ダクトテープが次々に剥がれて行きます。

 閃光は膜を四十枚も剥がしてから地面を転がり、ようやく止まりました。妖精の布が絡まりあって巨大な繭が出来上がっています。いくら透明とはいえ、こうも密度が高いと中の様子は見えません。

 ライとロップは繭に駆け寄りました。

 

「掛かった!?」

 

「どうなった?」

 

 二人の声が聞こえたのか、唐突に繭がのたうち始めました。中からくぐもったうめき声も聞こえてきます。

 ライとロップは頷き合うと繭の解体作業を始めました。慎重かつ迅速に布の塊をほどきます。

 

 数分後、薄くなった繭をかき分けて、閃光が顔を出しました。

 

「ぷはッ! 死ぬかと思った!」

 

「あれ!? ヒト?」

「モンスターじゃ、ない!?」

 

 繭から飛び出した顔は、どこからどう見ても人間の女の子だったのです。

 

「ロップ離れろ! 顔は人間、体は蜘蛛のモンスターかもしれないぞ!」

 

「だれが蜘蛛だっ! ……ていうか、なんだよこれ! 早くだせ!」

 

 女の子はギャーギャー喚きながら地面を転がります。

 

「あー落ち着いて! 私達に敵意はありませんから!」

 

「……本当に?」

 

「ホントホント。だからそれ外すけど、逃げないでね?」

 

 ロップの言葉に、女の子はひとまず落ち着きました。繭が動かなければ、ほどくのにそれほど時間はかかりません。

 

「あー、自由だ!」

 

 ようやく繭から解き放たれた女の子は、大きく伸びをします。

 彼女は特徴的な出で立ちをしていました。レザージャケットにグレーのズボンと、指ぬきグローブを身に着け、背中に背負ったホルダーには杖らしきものが収まっています。

 

「で? あなたは何者? どうやってあんなに早く動いていたの?」

 ライが訊ねると、女の子は指を左右に振りながら舌打ちをして言いました。

 

「まずは自分から名乗るのが筋ってもんでしょう」

 

「これは失礼。私はロップ、彼女はライ。あなたは?」

 

 ロップの説明を聞いて、女の子は満足したように頷きました。

 

「私はルーシー。それであんたら、こんなところで透明な布なんか広げて、危ないじゃない。なにしてたのさ」

 

「ここに閃光が出没したって聞いたから、捕まえに来たんだよ」

 

「閃光って?」

 

「超高速で動く謎の発光物体のことだよ。プレイヤーの間で噂になってる。あなたのことでしょ?」

 

 女の子改めルーシーは、「さあ?」とでもいうように肩を竦めて言いました。

 

「知らないし興味もない。私はただ走ってただけ」

 

「ただ走ってたにしては速すぎて見えなかったぞ。一体全体どうしたらそんな速度で、おまけに光まで出すわけ?」

 

「ああ、これのこと?」ルーシーが右手を挙げると、腕全体が、白く発光し始めました。

「アーティファクトだよ。体にエネルギーを吸収してるのさ」

 

 ライとロップは見たことない現象に、目がくぎ付けになりました。

 

「その指輪の効果なの!? 効果時間は?」

 

「どこで手に入れた? どういうエネルギーなんだ!?」

 

 二人は矢継ぎ早に質問を繰り出します。その勢いに面食らったルーシーですが、一つ咳払いすると、自慢げに語りだしました。

 

「……私を捕まえた褒美に、特別に教えてやる。……これは指輪と杖、二つのアーティファクトを組み合わせてやってんだ」

 

「杖はよくある魔法弾発射タイプだよね?」

 

「その通り。これは雷撃を操る杖。ま、私はほとんど使えないけどな」

 

「使えない? 使わないじゃなくて?」ライが首を傾げて言いました。

 

 このゲームの魔法は杖さえあれば誰でも使うことができます。ただし、杖に内蔵された核が生成したエネルギーを消費するので、使い切るとリチャージされるまで使うことができません。

 

「ああ。私には使えない。この指輪が、杖からエネルギーを奪っちまうからな」

 

 そう言うと、ルーシーは背負っている杖の柄を掴みました。すると、彼女の体が稲妻を纏い、全身から光を放ち始めます。

 

「「おおー!」」

 

 神々しさすら感じさせるルーシーの姿に、ライとロップはワクワクが止まりません。拍手喝采です。

 

「ゴフッ」突然、ルーシーが血を吹き出しました。

 

「うわぁッ。どうしたの!?」

 

 混乱する二人に対し、ルーシーは血を拭って一言呟きました。

「私にはもう……時間がないんだ」

 

「「はい?」」

 

 これはゲームです。現実の肉体が病気を患っていても、その影響はほとんどありません。ましてアバターが血を吐くのはモンスターやプレイヤーとの戦闘時だけです。

 

「呪いでもくらったの? それとも毒?」

 

「違う。杖のエネルギーに、体がついていかないだけだ。気にするな」

 

「てことはつまり……その状態になると、HPがじわじわ削れるってこと?」

 

「そうだ」

 

「そうだって……おまえ正気か!? それだとすぐにゲームオーバーでしょう」

 

「あの速さで走れるなら、死んだってかまわない」

 

 そう呟いたルーシーの目は蘭々と光っていて――。

「あなた相当クレイジーだね」

 

 二人は戦慄するのでした。

 

 ルーシーはインベントリからポーションを取り出すと、親指でコルクを弾き飛ばして瓶を一息に呷(あお)りました。ピンク色の液体がHPの持続回復効果であることを示しています。

 

「これで、時間稼ぎはできる。じゃあ私は行くよ。早くエネルギーを発散しないとアバターが粉々になっちまう」

 

 話を打ち切るとルーシーはクラウチングスタートの姿勢をとります。

 

「あっ。ちょっとまって!」ロップはルーシーを呼び止めると、ライと頷き合います。

「話を聞かせてもらった礼もあるし――」

「――そのアーティファクト。私たちに改造させてほしいの!」

 

 

***

 

 ルーシーから高速走行の秘密を教えてもらった代わりに、ライとロップはアーティファクトのデメリットを消すための協力を申し出ました。

 

「それは助かるが……アーティファクトのデメリットを消すなんてことが、できるのか?」

 

「ああできるとも。これまでロップと二人で何回もアーティファクトをいじくりまわしてきたからな」

 

「そうそう。だから任せて! 損はさせないよ」

 

「……わかった。任せるが、壊さないでくれよ。それに、もし持ち逃げしても、光の速さで追い付けるからな」

 

自信満々な二人を見て決心したのか、ルーシーは指輪と杖を差し出しました。言葉の最後の方は、ドスが効いています。ライとロップは首を縦に振るしかありませんでした。

 

指輪と杖を受け取った二人は、それぞれアイテムのプロパティを開きました。

 

「名前は“プラズマボルトの杖”。フレーバーテキストは……

“先駆者の遺産の一つ。

内なるエネルギーを雷撃へと変じて放つ武器。強力だが消費も大きい。

かつて存在した先駆者は一撃で敵を穿ったという。

ゆえに、戦わずして勝敗は決しているのだ”

へえ。カッコいいし強そうだな」

 

 ライは一メートルほどの長さのある白い装甲と青く光るランプがついた杖をしげしげと眺めます。ランプはほとんど光を失っているので、内部のエネルギーが足りないことがわかりました。

 

「こっちは“同化の指輪”ね。フレーバーテキストはえーと?

“装備した者を、遺物の力を宿す器に変える。

力を操る者が真の強さを望むなら、この指輪をつけるといい。

力もまた、器を探しているのだ。自らが操るにたる器を。”

……思いっきり呪いの類じゃん」

 

「指輪を外しても効果は持続するのか?」

 

「それはほらこの通り」そう言うとルーシーは突然発光しました。そして目にも留まらぬ速さで路地裏の通路を一往復します。今は指輪も杖も装備していません。靴底で急ブレーキをかけてから続きを口にします。

「しばらく効果があるのは確認済みだ」

 

「そんなに早いのにどうやって事故らないで走れるの?」

 

「速読って知ってるか? 読書スピードを高めるヤツ。それで動体視力を鍛えたから。見えてさえいればアバターは動ける」

 

「すさまじく脳筋的解決法だね……」

 

「そもそもなんで身体能力が強化されるんだろう?」

 

「多分、酸素の代わりにエネルギーを使っているんだろ」

 

「なるほど、通常筋肉は血液によって運ばれた酸素を使って運動するところを、指輪がアバターの仕組みを書き換えて、エネルギーを使えるようにしたって感じだね」

 

「つまり遺伝子操作のドーピングってわけか」

 

 ドーピングは薬物で身体能力を引き上げる方法です。スポーツ界ではタブーになっていますが、これはゲームなので咎める人はいません。

 

「普段はひたすら走って余ったエネルギーを発散している。ぜんぶ放出すれば死なない。試したことがあるからわかる」

 

「じゃあ、ここで閃光がなんども目撃されてたのは……」

 

「ああ、戦闘の後に余分なエネルギーを発散させていたところを見たんだろう。今日もそれで走ってたんだ」

 

「なるほどねぇ。大体わかった。ライ。何かいいアイデアはある?」

 

「今みたいにポーションで無理やりHPを回復すればいいんじゃないか?」

 

 HP(ヒットポイント)はこのゲームに存在する数少ない数値化されたステータスの一つです。ただ、この値はアバターの状態を数値として視覚化しているに過ぎません。つまり、ポーションを飲んで回復するということは、アバターの細胞が活性化して傷がリアルタイムで治っていくことを意味します。

 

「それは駄目だった。さっき飲んだポーションも本来は十五分間回復するはずが、今は三分しか効果が続かない。いずれは……」

 

「――完全に効果がなくなる?」ロップが言い当てました。

 

「その通り。ま、一回死ねばまた効くようになるんだけどな」

 

「ふむ。細胞にダメージが蓄積されていくのかもしれない。もっと根本から直す必要があるとみた」

 

 一度死んでアバターが再構築されれば、細胞に蓄積されたダメージがリセットされるということです。しかし、このゲームはデスペナルティによって死ぬたびに所持金の十パーセントとインベントリ内からランダムなアイテムを失うので、ゲームオーバーは避けなければいけません。

 

「エネルギーに細胞が耐えられないなら、細胞を強くすればいいのかも」

 

ロップが閃いたとばかりに言いました。

 

「おぉ! ……でもどうやって?」

 

「うーん。そんな都合がよくて強力なアーティファクトは持ってないし。ルーシーは何か心当たりある?」

 

 話を振られたルーシーは黙って首を横に振りました。

 

「だよねぇー」

 

「……待てよ? そもそもどうしてエネルギーがダメージになるんだ?」

 

「そりゃ力の塊だからでしょ」

 

「けど、そんなものを生成し続けているなら杖自体が内側から破裂してもおかしくないはずだろう」

 

「「確かに……」」ロップとルーシーが見事にハモリました。

 

「とゆうことは……。杖の中では大人しいエネルギーが、ルーシーに移動すると暴れ出すってこと……?」

 

「暴れる、か。確かにそんな感覚を、いや、気配を感じてはいるが」

 ルーシーが発光する拳をグーパーしながら呟きました。

 

「フフフ……ロップ。分かったよ。デメリットを消す方法が」

 

「ほんと?」

 

「ああ。製作開始だ。ルーシーはちょっと待っていてくれ」

 

 

 

 ライとロップが作業している間、ルーシーは全速力で路地裏を疾走すること三十分が経過したところで、ようやく二人から完成の連絡が来ました。

 

「はいコレ」

 そう言ってロップが差し出したのは小さな黒い立方体のペンダントでした。

 

「なにこれ?」

 ルーシーは興味深げに受け取ります。

 

「それはゴーレムの心臓を加工したものだ」

 

「ごーれむって……あの岩でできたモンスターの?」

 

「そうそう。あいつらから手に入る心臓は、SFファンタジー系統の機械系オブジェクトの製作によく使われるんだよ」

 ロップの説明をライが引き継ぎます。

「ゴーレムは心臓が発するエネルギーを岩石に流して体を形成しているのだよ。これを応用して、アバターに吸収されたエネルギーが暴れないよう、制御するプログラムを書いてみた」

 

「つまり……これを身に着ければ、私はゴーレムになるのか?」

 

「んー。まぁそう言えないこともない。一応、ゴーレムが蘇ってルーシーの体を乗っ取ったりしないよう、対策はしたぞ」

 

「ライの設計は信頼できるよ。いつもは頭が残念な感じなんだけどね」

 

「ったく。最後が余計だ」

 

 言い合う二人をよそに、ルーシーはペンダントと指輪と杖を装備します。

 

 

 

「よし。はじめるぞ」そう言うと、ルーシーは背負った杖の柄をゆっくりと掴みました。

 

 すると、杖を掴んだ拳を起点に、彼女の体に光が流れ込みました。体を伝わる速度が以前よりも格段に早く、スムーズになっています。

 

「HPはどうだ?」

 

「減っていない。……すごいな。体が軽くなったぞ」

 

「エネルギーの伝導率も上げたからね。出力上限は約1.5倍になっているはずだよ」

 

「最高だな! 本当に助かる。ありがとう!」

 

ルーシーは満面の笑みで迸る力を味わって言いました。

 

「お役に立ててなにより」

 

「そうだ。これいくらだ? 言い値で払うぞ」

 

 ルーシーの言葉に、ライとロップは頷きあってから言いました。

 

「いや、金は要らない。私たちが作りたかったから作っただけだからな」

 

 アイテム製作で満足したライとロップは、情報屋に支払った百円など欠片も惜しんいませんでした。

 

「その代わりといってはなんだけど、連絡先交換しない? 一緒にモンスター狩りしたいし」

 

「いいのか? ……こちらとしても願ったり叶ったりだ」

 

 ルーシーは二人と連絡先を交換してから言いました。

 

「二人はこの後行きたいところはあるか? 良ければ運んでやるけど」

 

「ああ、だったら家に」

 

 そう口走ったライと、ついでにロップが、気付いたときにはルーシーの肩に担がれていました。

 

「方向はどっち?」

 

「え、ちょっ。まさか!」

 

「レッツゴー!」

 ライがビシッと指さした方向へ、ルーシーが超高速全力疾走を始めた直後。

ロップの叫び声が路地裏全体に響きました。

 

---END---

 

 

閑話休題:運営=神の使徒?

 

 天井まで続く巨大な本棚が、壁にそって並ぶ巨大な図書館。フロアの中央にぽっかりと開いた吹き抜けからは、上下階がどこまでも続いているように見えます。

 

 ここはライとロップが日夜遊んでいる複合現実ゲームの開発現場です。

 現場といっても仮想空間なので現実には存在しません。

 社員は全感覚没入型VRマシンを使ってこの空間にアクセスし、業務に勤しんでいます。

 

「あれ? ここって何階でしたっけ?」

 可愛い男の子アバターが一人、首を傾げて呟きました。隣にいた精悍な顔つきの男アバターがすぐに返事をします。

 

「ここは二階。ほらあそこに書いてある」

 

「あー本当だ。……ていうか、なんでこのオフィスは空間がループしてるんです?」

 

「さあ。俺にもわからん。お上(かみ)が決めることはみんな理解できないよ」

 

 この建物は四階建てです。けれど五階に上がる階段はあります。上がった先はなぜか一階にたどり着くのです。

 つまり、吹き抜けから身を乗り出すとずっと下の方に自分の姿が見えるのです。

 

「もうわけわかりませんよ。昨日までは三階しかなかったのに、今日は四階があるし。蔵書は増えてるし」

 

「お上が本を増やすのは珍しくないぞ。むしろ、参考資料として集めてもらってるわけだから、ありがたく読んでおいた方がいい」

 

 男が言った“お上”とは、このゲームのシステム全般を管理するAIのことです。

 AIはネットから情報を吸い上げて新しいアイテムやモンスター、クエストを生成するのですが、その参考資料を蔵書として本棚に“勝手に”追加していきます。そして本棚がいっぱいになると、新しい階層が増えていくのです。

 

 男たちは静まり返った図書館をペタペタと歩いて進みました。

ゲームの運営はAIの導入によって少ない人数でも可能になりました。さらに、四階層もフロアがあると人口密度はかなり下がります。

作業スペースへとたどり着いた彼らへ、不意に声が掛かりました。

 

「おぉ、いたいた。蔵書の整理ご苦労様です。四階はどうでしたか?」

 司祭のような服を来た女の子が、老人のような喋り方をして言いました。それに対し、男が丁寧な、けれど親しみのある調子で応えます。

 

「部屋のレイアウトは問題ありません。ただ、他の階から蔵書がいくつか移動していました。……しかし、訊くらいならご自分で散策されては?」

 

「ふふ、それもそうだ。今度見に行くとしよう。ところで、新しいアーティファクトの審査を兼ねて、ちょっと相談したいことがあるんだ。来てくれ」

 

 こうして、司祭風の女の子と、精悍な顔つきの男と、可愛い男の子の三人が連れ立って本棚の隙間にある扉の奥に入りました。

 

「適当に座ってくれ。茶でもだそうか」

 

 女の子がソファに座り、ホロウィンドウを操作すると緑茶が現れました。 

差しだされたモノを飲んだ二人は、実に微妙な表情を浮かべます。

 

「ゴホッ。……ずいぶんと刺激的な味だ」

 

「わあ。なんですかこの味」

 

「新しいフレーバーを試したんだ。感想を聞かせてくれ」

 

「まさか試し飲みが相談内容ではないでしょう。早く本題に入ってください」

 男はよほど味が気に入らなかったのか、渋い顔で言います。けれど、男の子のほうは違いました。

 

「フムフム。これ、果物を入れました? フルーティな香りと、これは……ブラックペッパーかな? スパイスが喧嘩せずに馴染んでいて、とても面白いと思います」

 

「おぉそうかそうか。私も結構気に入っているんだ。よかったらレシピを教えよう」

 

 得意げに何度も頷いた女の子が、男の子にメモ用紙を渡している横で、男は呆れたように言いました。

 

「仕事中に何やってるんですか」

 

「これも仕事のうちだよ。新しい発見のためには肩の力を抜くことも重要なのだ。……と、いけないいけない。本題を忘れるところだった」

 

 女の子はそう言うと立ち上がり、近くのデスクからファイルを持ってきます。

 

「AIがさっき寄越したアーティファクトだ。確認を頼む」

 

「どれどれ? ……へぇ。和風ファンタジーですか。相変わらず妙な品物ですね」

 

 男の子がファイルを覗き込んで読み上げます。

「えーっと? “幻の枯山水から持ち出された石。見えない流れを発生させる。持ち主をどこかへ導くが、それがどこかはわからない”……? これ何の役に立つんですか」

 

 AIが自動生成したアーティファクトは、人の目で一つずつ確認されます。ゲームとしての矛盾がないか、システムエラーを起こすようなものではないか、安全だと確認されたものから順にゲーム内に実装されていくのです。

そう、判断基準はシステムにとって安全かどうかです。なのでライとロップが集めているような武器防具として欠陥があるようなモノですら、審査を通ってしまいます。いえ、むしろ積極的取り入れている節があるのです。

 

「妙なモノは面白いだろう。強い道具は皆を強くする。それじゃ味気ない。銃を持ったからといって怪力が得られるわけでも、まして神になれるわけでもない。練習しないと扱えないんだよ。人間が道具を手にして、それをどうやって使うか考える。これが面白いんだ」

 

「はぁ。私にはわかりませんね。わかりたいとも思いませんが」

 

「とりあえずこちらで預からせてください。コードが安全か見ておきます」

 男の子がファイルを受け取りました。

 

「うむ。頼んだよ。……それと、こちらが本題なんだが。今回はAIがイベントの開催を要求してきた。和風ファンタジーなイベントをご所望だ」

 

「お上のお告げはいつも急だな。それで? キーワードはなんです?」

「“妖術”だ。今度のアップデートと同時に妖術にまつわる大イベントを開催すれば、我々の利益アップが狙えるらしい」

 

「はぁ。なるほど。……わかりませんね。でも、従いますよ。そういう契約なのでね」

 

 AIはネットに存在する膨大な情報から結論を導きだす。しかし内部がブラックボックスになっていて人間にはなぜその結論に至ったのか理解できない。ただその意思に従うことで、人類は大きな恩恵を得てきたことは事実でした。

 

「僕らは何をすればいいんですか?」

 

「とりあえず蔵書の中から妖術に関するものを洗い出してくれ。AIの意図を知りたい」

 

「わかりました。すぐに調べてきます」

 

「頼む。……イベントまでの三週間、忙しくなりそうだ」

 

 部屋を出た三人は、自分の仕事のために足早に動き出した。

 

 

---END---